名古屋・トリノ姉妹提携15周年

両都市の紹介

トリノ市

トリノ市はスイスとフランスの国境に接するイタリア北西部のピエモンテ州の州都で、アルプス山脈南麓の標高240メートルの地点にあります。街は紀元前28年に北方防備と交通の要衝として開かれた植民都市タウリノームとして発展してきました。1861年、サルディーニャ王国の主導のもとイタリア統一がなされ、1865年に首都がフィレンツェに移るまで、トリノはイタリア王国の首都でした。自動車工業を中心に発展し、現在ではミラノに次ぐイタリア第2の工業都市です。2006年には、冬季オリンピックの開催地になりました。(名古屋市HPより)

名古屋市

関ヶ原の戦いで天下の実権を握った徳川家康が、海陸の連絡に便利な那古野台地に築城工事を始めたのは、慶長15年(1610)のことでした。これに伴って清洲の士民が移り住み(清洲越し)、市街地ができあがりました。以来、徳川御三家筆頭の城下町として尾張藩の中心となり、江戸・大坂・京につぐ発展をみました。
明治4年(1871)に行われた廃藩置県で、新政府は名古屋県(翌5年に愛知県と改称)を置き、管内を6大区に分けて名古屋と熱田を第1大区としました。その後、明治11年(1878)、名古屋区として初めて独立行政区となり、明治22年(1889)10月1日の市制施行で、名古屋市は人口約15 万7,000人、面積約13.3平方キロメートルでスタートをしました。
明治・大正から昭和の初頭には経済界の活況に伴い、商工業都市として順調な発展を続け、昭和12年(1937)に名古屋汎太平洋平和博覧会を開くに至りました。しかし、この年に日中戦争がぼっ発、以降、戦時非常体制一色へ…。太平洋戦争により当時の市域の約4分の1を焼失しました。
戦後、いち早く復興都市計画事業に着手。100m道路の建設、平和公園への墓地移転などの大事業を行い、今日の基盤が確立されました。しかし、復興と急成長が進む中、昭和34年(1959)伊勢湾台風の襲来を受け、死者1,800人余、被災世帯13万人に及ぶ被害を受けました。この大災害は、その後の街づくり、『無災害都市』への示唆を与えました。
誕生から今日に至るまでに近隣の市町村の編入などもあり、現在では市域326.45平方キロメートルの規模となりました。(名古屋市HPより)

これまでの歩み

2001年1月に名古屋市立大学芸術工学部とトリノ工科大学の学術交流協定の締結を契機に両市の交流が始まりました。2003年12月に、駐日イタリア大使よりトリノ市に姉妹都市提携の意向があることが伝えられ、2004年5月名古屋市長がトリノ市長を訪問した際、姉妹都市提携について合意し、翌年姉妹都市提携にいたりました。(名古屋市姉妹都市協会HPより)